2016年の展望とウィーンにおけるマルチ外交 (講演要旨)

平成28年1月14日
 
1 冒頭
○昨年に続いての講演。「2016年」が「2015年」から変わっているだけで、意図的に同じタイトルとした。今後の一年を考えようとすると、昨年からの流れを考える必要。多くの先人が指摘してきているように、国際情勢を読み解くには、定点観測が重要。
○2016年は、日本がホスト国としてG7サミットを開催し、第六回アフリカ開発会議(TICAD VI)が開催され、日本の国連加盟60周年に当たる年。安保理非常任理事国を務める(2016-2017年)。同時に、当地国際機関との関係でも、IAEA憲章採択60周年、UNIDO設立50周年、包括的核実験禁止条約(CTBT)署名開放20周年、ワッセナー・アレンジメント発足20周年、18年ぶりの国連麻薬特別総会(UNGASS)の開催などの節目の年。その2016年の課題を皆さんと一緒に考えていきたい。
○昨年の講演で、「世界には、『秩序の力』、『無秩序の力』との絶え間ない緊張関係がある」、「このところ、秩序と無秩序のバランスは無秩序が強くなる方向にシフトしてきている」という指摘を切り口に2015年の課題を考えた。これは、イギリスの国際政治学者ハドレイ・ブルと米国の外交評議会の会長のリチャード・ハースの指摘をベースとするもの。
○米国のリスク調査会社ユーラシア・グループは”Top Risks 2016”と題する報告書で2016年に世界がさらに甚だしく分断化される(a dramatically more fragmented world in 2016)と指摘し、日経新聞の「経済教室」は、新年から「分断危機を超えて」をテーマとする連載を掲載したが、2016年がサウジアラビアによるイランとの外交関係断絶(1月3日)、北朝鮮の四回目の核実験(1月6日)から幕を開けたことに示されるように、分断や無秩序の力が世の中を覆ってしまわないか、そうならないために当地ウィーンで何ができるかは重要なテーマ。
○本日は、定点観測を維持するとの観点から、「秩序と無秩序」との枠組みを引き続き使いながら、昨年からの流れを考えつつ、2016年の課題を考えていきたい。

 
2 2015年の回顧
○2016年の話に入る前に、昨年がどのような年であったかをウィーンのマルチ外交の課題の観点から、簡単に振り返ってみたい。「秩序の力」と「無秩序の力」という観点からすると、いくつもの「良いニュース」と「悪いニュース」がある年であったと総括することができるのではないか。

 
(1)良いニュース~「秩序の力」
○「良いニュース」、即ち、「秩序の力」の方から行くと、三つ。第一に、イラン核合意の成立。昨年7月14日、EU3+3とイランとの間の「包括的共同作業計画(JCPOA)」、IAEAとイランとの間の「ロードマップ」。2002年にこの問題が国際的な課題として浮上して以来の大きな転換点。2013年6月のイラン大統領選挙を受けて、ローハニ大統領の体制が成立して以来の交渉の結実。世界の不拡散体制の「秩序」が力を発揮した。また、この合意は、地域の安定との「秩序」にもプラスの影響をもたらすもの。この合意の妥結以降、安保理決議の採択(同7月20日)、「採択の日」(同10月18日)、IAEA理事会でのPMD問題についての討議(同12月15日)など合意の実施が進展。
○「良いニュース」の二番目は、「持続可能な開発のための2030アジェンダ」の成立。2012年以来の3年越しの作業、協議を経て、昨年9月25日、国連総会において採択された。2000年に採択されたミレニアム開発目標(2015年までに実現すべき8の目標)に代わるもの。17のゴール、169のターゲット。今後の開発分野の取り組みの方向性が合意された。これは、「秩序」の重要な構成要素の更新・見直し。当地の国際機関の開発に関わる取り組みにおいても、大きな意義。
○「良いニュース」の三番目は、今後の世界の気候変動、温暖化対策についてのパリ合意の成立。国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)における成果。1997年の京都議定書以来の法的枠組み。京都議定書に参加していなかった二大排出国の中国、米国を含む196ヵ国・地域が参加しての採択。今後の気候変動、温暖化対策についての新たな「秩序」の成立。これは、各国のエネルギー政策における原子力エネルギーの利用について考える際にも、重要な進展。

 
(2)「悪いニュース」~「無秩序の力」
○一方、「悪いニュース」、「無秩序の力」の方を見ていくと、三つを挙げたい。第一は、テロリズム。昨年は1月7日のパリでの連続テロ事件に始まり、パリでは11月13日に130名以上の犠牲者を出す連続テロ事件が起こった。邦人殺害テロ事件、ロシアの航空機墜落事件、米国カリフォルニア州の事件など、テロリズムによって引き起こされた事件は残念ながら枚挙にいとまがない状態。中東、アフリカだけでなく、ヨーロッパ、米国でも。「ホームグロウン・テロリスト」(先進国の国民が自国民を対象にテロ行為を行う)、「ローンウルフ」(特定のテロ集団に属さない一匹狼)など形態も多様化。いわゆるISIL(「イラクとレバントのイスラム国」)の脅威。ヨーロッパにおける人の移動のスキームにも大きな問題を投げかけている。「秩序」の破壊、「秩序」への挑戦。一部諸国における「秩序」の破綻から来るものでもある。
○「悪いニュース」の二番目は、難民問題。シリア内戦の激化などで、難民の流出が深刻化。海路と陸路。オーストリアも通過ルートに。シリアなど関係国における「秩序」の破綻。ヨーロッパの「秩序」へのプレッシャー。テロ対策の必要性も相まって、ヨーロッパ26カ国における人の移動を自由にしたシェンゲン協定の危機とも指摘される。
○「悪いニュース」の三番目は、昨年4月から5月にかけて行われたNPT運用検討会議の失敗。同会議は、前述の2030アジェンダの検討、COP21などと並ぶ国際的な枠組みに関する2015年の主要国際会議の一つとして注目されていたものであったが、結論文書を採択することなく終了。中東における大量破壊兵器の問題、核兵器の非人道性の問題、今後の核軍縮についての議論の枠組みなどで大きな対立。核軍縮、不拡散、原子力の平和利用において、今後進めていくべき国際的な方向性の確認ができなかった。この分野の「秩序」の維持・強化にとっての打撃。これは、その後の核軍縮に関わる議論をさらに一層困難なものとしている(昨年秋の国連総会第一委員会の討議など)。

 
3 2016年のウィーンのマルチ外交における具体的課題
○こうした「良いニュース」と「悪いニュース」の双方があった2015年に続く本2016年はどのような年となるのか。当地ウィーンのマルチ外交における具体的課題を通じて見てみたい。
 
(1)イラン核問題

○2015年7月14日)以降、前述の通り、合意の実施が進展。今後の段取りとしては、イラン側による措置の履行、IAEAによる確認を踏まえ、関連する制裁が解除される「履行の日」が大きな節目。その後、10~15年間にわたり各分野でイランの原子力活動が制約。
○関連の措置が順調に実施されていくか。合意からの逸脱、未申告活動などが行われないか。不拡散体制の「秩序」の維持にとっての意義が大きい。今後の国際関係、中東地域におけるイランの役割にも要注目。
○ISILの問題、シリアをはじめとする各国での内戦、パレスチナ問題など多くの問題が絡み合っており、イランの核合意もそうした構図に複雑な影響を与えているが、中東地域の安定のためにも、イラン核合意を円滑に実施に移していくことが重要。その意味で、不拡散体制の「秩序」だけではなく、地域の安定の「秩序」の視点からも、この推移が注目される。

(2)原子力安全、核セキュリティ

○原子力安全と核セキュリティは、不拡散(保障措置)とともに原子力利用における不可欠の考慮要素。原子力安全については、昨年、IAEAにおいては、福島第一原発事故報告書作成、同事故後、2011年に取りまとめられた行動計画の実施が一段落するとの点で節目の年となった。一方、2016年も、現在訪日中のIAEA総合的規制評価サービス(IRRS)ミッションなどの重要な取り組みあり。本2016年が福島第一原発事故の五周年に当たることもあり、同事故の経験を共有するとともに、原子力安全についての国際的な議論への貢献にさらに取り組んでいくべき年。
○核セキュリティー(核テロ対策)については、本年、二つの重要会議。核セキュリティ・サミット(3月31日~4月1日、於ワシントンDC)、IAEA核セキュリティ国際会議(12月5日~9日)。日本にとってやや縁遠いと捉えられていた問題。意識の向上、物理的措置、法的枠組み、関係する組織内の規律、国際協力など多面的。核テロのもたらす脅威に鑑みても、この分野での「秩序」構築は重要な意義。一方、比較的新しい分野であり、原子力における他の取り組みに比べると、「秩序」構築に向けた発展過程にあると言える。
○オバマ政権発足後、2010年以来の核セキュリティ・サミット・プロセス(2010年:米国、2012年:韓国、2014年:オランダ)が今後どのようになるか。その中で、IAEAの役割がどのようなものとなるか。
 
(3)CTBT署名開放20周年

○昨2015年は、広島、長崎から70年の年であったが、本2016年は、1996年9月10日のCTBT採択、署名開放から20周年の年。発効促進が最大の課題。発効要件国のうち8カ国(米国、中国、インド、パキスタン、イスラエル、イラン、エジプト、北朝鮮)が未批准(インド、パキスタン、北朝鮮は未署名)。
○北朝鮮は1月6日に四回目の核実験を実施。我が国は、北朝鮮に対して厳重に抗議し、断固として非難。今世紀に入ってから、核実験を行ったのは、北朝鮮のみ。CTBTは未発効であるも、核実験禁止は事実上の国際規範となっていると考えられるが、今回の北朝鮮の行為はそれを破るものであり、CTBTの重要性、CTBT発効促進の重要性を裏打ちするもの。
○20周年の機会に発効に向けての機運をどのように高めることができるのか。日本は、昨2015年9月以来、カザフスタンとともに発効促進会議の共同調整国を務める。20周年の取り組みとのシナジー。
○G7サミットの日本開催の機会に、軍縮・不拡散についてどのような強いメッセージを出すことができるか。前述の2015年のNPT運用検討会議の失敗、国連第一委員会での対立の激化を踏まえれば、軍縮・不拡散での国際的に共有された方向性の必要性は大。その意味で、G7サミット・プロセスが軍縮・不拡散分野での「秩序」へ貢献する意義は大きい。
○核軍縮におけるCTBTの重要性をどのように打ち出すか。イラン核合意の成立とのプラス材料をどう生かすか。
 
(4)アフリカ開発

○本年は時期未定なるもTICAD VIが開催される年。1993年以来、5年ごとに日本で開催されてきたが、今後3年ごとに開催されることとなり、今回、初めてアフリカ(ケニア)で開催されることとなる。
○アフリカは、世界の開発問題の中でも、最も注目されてきた地域。長らく開発の進展の停滞が懸念されてきたが、近年、一部の国において経済活動の活発化。貧困の深刻化や格差の拡大は無秩序の温床となるため、貧困の問題は世界の「秩序」にとっての大きなチャレンジ。本年のTICAD VIは、昨年の「2030アジェンダ」採択を受けて開催されるものでもある。
○TICAD VIについては、当地の国際機関についてみると、UNIDOとIAEAの関わりに注目。UNIDOは、李勇事務局長の下で目指している「包摂的で持続可能な工業開発」(ISID)の実施においてアフリカを重視(パイロット国としてのエチオピア、セネガル)。ISIDは、「2030アジェンダ」において、明確に位置付け(ゴール9)。日本は、UNIDOを高く評価。2014年に外務省が行った国際機関評価(68の国際機関を対象)において、トップランクの4機関の一つとの評価を獲得。UNIDOのTICAD VIへの積極的な関与を期待。
○IAEAは、天野事務局長の下、「平和と開発のための原子力」(Atoms for Peace and Development)を提唱。原子力技術の応用(保健・医療、農業、環境・水資源)、技術協力を重視。これらは、アフリカ開発においても大きな役割。昨年に深刻化したエボラ熱の問題は、その好例。一方、IAEAは、「核の番人」としての機能が知られる反面、開発に貢献する機関としての側面はあまり知られていない。IAEAのTICAD VIへの積極的な関与によって、IAEAのそうした側面についての認知度の向上も期待。
 
 
(5)麻薬、犯罪

○当地ウィーンが主な議論の場である麻薬、犯罪問題は、グローバリゼーションの負の側面であり、「秩序」にとっての大きなチャレンジ。
○2016年は、麻薬については、4月に国連麻薬特別総会が開催される(於ニューヨーク)。これは、1998年以来、18年ぶり。麻薬問題については、このところ、危険ドラッグの問題(NPS: New psychoactive substance)、メタンフェタミンなどアンフェタミン型興奮剤(ATS: Amphetamine-type stimulants)の問題の世界的拡大、テロ資金源や他の組織犯罪との関連、薬物取引関連の暴力の激化など、さまざまな面で課題が深刻化。その一方で、各国のアプローチには、それぞれの国の事情を反映して大きな相違が存在。国際的な取り組みの方向性についての合意形成の重要性。
 
○犯罪については、2016年は、昨2015年にカタールのドーハで行われた犯罪防止刑事司法コングレスから、次の2020年に日本が主催するコングレスに向けての5年間の最初の年。その準備のプロセスをしっかりと進めるとともに、テロリズム対策、難民問題を背景とする密入国対策、サイバー犯罪対策など、現下の国際情勢の変化に応じた課題への取り組みが求められる。
○これらの中でも、前述の通り、残念ながら世界の広範な地域においてテロが頻発する状況となっており、テロリズム対策は、「秩序」を支えていくための戦いの最前線とも言える重要問題であり、G7の枠組みでも取り組むべき課題。我が国は、(1)テロ対策の強化、(2)中東の安全と繁栄に向けた外交の強化、(3)過激主義を生み出さない社会の構築支援の「三本柱」でテロ対策に取り組んでいるが、UNODCのテロ対策法整備支援や国境管理プロジェクトは、その中においても重要な位置付け。
○ウィーンでの討議の場は、犯罪防止・刑事司法委員会(CCPCJ)であり、2016年には、日本(本使)が同委員会の第一副議長を務めることとなった。
 
 
4 結語

○このように2016年も多くの課題を抱えている。日本としては、こうした課題に積極的に関与し、貢献することを通じて、国際社会の「秩序の力」となるように努力していきたい。
○昨年の講演でも述べたが、国際社会における日本の役割は、平和の確保、繁栄の実現、正義の実現で秩序を支え、それを強固なものとしていくこと。日本が目指すべき方向と国際機関が目指す方向は基本的に一致。秩序と無秩序のバランスを秩序の方に向けるべくこのウィーンでできることに取り組んでいきたい。国際機関の方々、志を同じくする各国、関係者の方々と一緒になって取り組んでいきたい。それに際しては、風通しの良い、オープンな代表部を心がけ、邦人職員の方々ともよく連携していきたい。