国際機関職員インタビュー : 加藤美和UNODC事業局長
令和3年2月17日
UNODCの扱っているお仕事についてお聞かせください。
これら全てに共通するのは、法の支配が届かない場所で、多くの人が苦しみ、巨額の利益が生み出され、その財源が「腐敗」という犯罪を通して制度を蝕み、さらなる不正が繰り返され、正義と社会の発展を阻むと言う構造。こうした問題に取り組むためには、国境を超えた連携・協力が不可欠です。国連加盟国のこうした努力に対する支援を国連内で担う部署が、国連薬物・犯罪事務所(United Nations Office on Drugs and Crime/UNODC)です 。
犯罪への対応・防止を強化する上で、現状に関する情報収集・動向分析を行い、条約等を通して国際的な取り決めを作り、その内容を各国の実態に反映するための支援を行います。特に、途上国においては、フィールド事務所を設置し、継続的に技術支援を行っています。保健衛生、教育、経済的支援、環境問題など、より知名度の高い「開発」分野とは異なる、専門家だけが関わる分野のように思われがちですが、法の支配の確立と犯罪への対応なくしては、持続的発展は不可能です。また、司法行政や法の執行が、持続的開発や人権の観点を取り入れた総合的発展をサポートするものであるようにして行くことも大切です。こうした認識が、今、国際社会の行動を牽引する持続可能な開発目標(SDGs)にも反映され、「平和と公正をすべての人に」のゴール16として、国連の様々な取り組みの中に、UNODCの仕事を体系的に結びつけてくれるようになりました。2021年3月、日本がホストする「京都コングレス」においても、これらの観点からも議論が進められる見通しです。
また、UNODCの扱う分野は、「開発」以外にも、紛争予防、PKO、平和構築などの「平和と安全保障」分野、そして国連の最大のバックボーンでもある「人権」分野とも深く関わっていて、仕事に大きな広がりがあります。私が初めてUNODCに入った約20年前は、職員の構成として、警察・税関・法曹分野の実務経験者や研究者出身の人が多かったですが、組織が大きくなり(執行予算規模で言えば、過去10年で3倍成長し、その8割がフィールド執行予算)、国連内での様々な連携が推奨される中で、より大きな観点からUNODCが成果を出すべき分野を捉え、プロジェクトマネジメントの能力を発揮できる人材が増えました。こうした中で、より多様性の高い組織に変容し、他の国際機関との人材流動性も高まり、より多くの方に参画して頂ける組織になってきました。
エジプトのアスワンにて
アフリカの角やサヘル地域の現状を報告し、暴力的過激化や 治安対策における地域協力の必要性を訴える。 |
これまでのご経歴と現在のお仕事の内容について教えてください。
このUNODCの本部が、オーストリアの首都ウィーンにあり、私は現在、ここで事業局長として勤務しています。仕事の内容としては、50か国を超える世界各地にあるフィールド事務所でUNODCが行う技術支援を統括すると共に、司法改革、犯罪防止、薬物乱用防止等の保健分野に関する規範作成と技術支援を統括しています。現職に至る過程には、いろいろありました 。
既に20年以上前になりますが、1998年に上智大学で国際関係修士号を修了後、日本国政府在ニューヨーク国連代表部にて専門調査員として政務・安保理案件を担当したのが最初の仕事でした。その後、オランダのハーグにて、化学兵器禁止機構(Organisation for Prohibition of Chemical Weapons/OPCW) 事務局長室補佐官として勤務の後、再び専門調査員として、在オーストリア日本大使館に勤務しました。
2003年から国連正規職員として採用され、これまで、ウィーン、カブール、カイロ、バンコクをベースに勤務してきました。国連職員として初めて勤務したのが、現在勤めているUNODCで、本部の事業局をベースに色々な経験を積み上げ 、2011年からは、 アフガニスタン周辺国地域統合プログラムの上級調整官としてカブール赴任したり、より広域のアジア太平洋地域課長として対ミャンマー支援、ASEAN統合深化に伴う越境犯罪地域対策支援などを行ってきました。
UNODCに入って10年経った頃から、他の国連マンデートエリアにも活動の幅を広げたいと考えるようになり、特に、若い世代や女性といった心の向く対象の人々とより直接的に関わり、社会規範を変えて行くような仕事に従事したいと思いました。他の機関での機会を模索したところ、2015年より、一番新しい国連機関であるUNウィメン(United Nations Entity for Gender Equality and the Empowerment of Women/UNWOMEN)に移る機会を得ました。UNWOMENでは、初めはアラブの春以降の複雑な経過をたどる中東の心臓部たるエジプトの国事務所長として、その後、アジア太平洋地域部長・事務所長として、日本を含むアジア諸国42カ国における女性のエンパワーメントに従事しました。UNWOMENでの仕事は、本当に充実した経験で、ずっと続けていたいと思ったのですが、オーストリア人の夫と小学生の息子をウィーンに残しての遠距離の単身赴任生活だったので、時の経過と共に、家族に大きな負担がかかっていることに心を痛めました。そんな中、古巣のUNODCの元上司が早期退職し、現職が公募となり、そこに唯一の女性局長として採用され、ウィーンに戻ってきました。人生、何が起こるかわからないですが、常に目の前にある仕事に一生懸命取り組みながら、長い人生の中で、その時期、何を優先するべきかと問い続け、様々な可能性にオープンでいることが大切だと思います。そうした例はあまりない、といった常識的発想から制約を受け入れ、できないと結論づけてしまう前に、どうしたら実現できるかを考えて色々試してみるのが、いいと思います。そして、常に、助けられるのが人的ネットワークです。仕事に一生懸命取り組み、出会いを大切にして、人のお役に立てる時は尽力するという姿勢も大切かもしれませんね。
スリランカのトリンコマーレにて GMCPが実施する海洋犯罪対策強化の訓練を視察した際、 インド洋広域各国から参加者と。 |
国際機関の幹部としてのやりがい・大変さは、どの様なところにあるのでしょうか。
「事件は会議室で起きてるんじゃない!現場で起きてるんだ!」と言う有名なセリフがありましたが、これは国連の仕事にも言える事です。だからこそ、国連を内部から変えていく必要があり、グテレス事務総長の強力な指揮の下、現在国連が取り組んでいるいくつもの大型組織改革もあります。現場・結果重視のスピリットを、巨大官僚組織の本部に身を置く幹部職員としてどう推進していくか。国連が本来の目的を果たし、最大限機能するように、内部の様々な制度を管理し、必要な部分は変えて行くべき責任を持つ立場から、世界の人々が国連にかけてくださる期待に応じられるようにしていきたい。フィールド最前線で働く職員が直面するシステム・レベルの制約を減らし、より早く、より多く成果が出せる国連にしてゆくために、どうやって、実際の仕事の仕方を変えて行くか。これらが一番のチャレンジです。こうしたシステム・チェンジの課題に、多くの同僚と共に取り組んでいます。
ウィーン勤務の魅力は、どの様なところでしょうか?
ウィーンは、「世界で一番暮らしやすい都市」として過去数年続けて表彰を受けているほどで、住む人にとても心地よい環境が魅力です 。歴史と文化の香り高い欧州屈指の首都でありながら、人口規模が小さいので、通勤時間や空港から街へのアクセス等、何もかも便利な構造です。また、ウィーンから30分も離れれば、とても豊かな自然に触れ、ハイキング・スキーなど健康的な生活も満喫できるという利点もあります。途上国の大都市との比較ではいうまでもなく、ニューヨーク、パリ、ローマなど他の国連勤務地に比べても、圧倒的に安全で生活しやすい、国連職員の中でも人気の高い任地です。特に、子供を育てる世代や、いずれは定年に向けての生活の基盤を整えたいという世代の職員にも人気があるようです。こういった生活をずっと続けているだけでは、国連職員のキャリア形成としてはものたりませんが、フィールド最前線での勤務期間と交互にバランス良く取り入れられると、総合的な人生設計としても非常に豊かなものとなると思います 。
エリトリアのアスマラにて
オスマン・サレー外務大臣と初の協力協定に署名。 現地の国連駐在調整官(RC)も招いての式典。 |
これから国際機関での勤務を目指す方へのメッセージをお願いします。
大きくなる一方の貧富の格差、限られた資源の分配の方法や規制、環境問題、越境組織犯罪、テロ対策、そして今世間を騒がす伝染病対策まで、今人類が抱える問題の多くは、国際的協力なしには対応できないものばかりです。国連が、これらの差し迫る課題に対する具体的解決の一助となるためには、結果重視の思考を持った、あらゆる背景の職員が必要です。世界のために尽くそうという熱い想い。具体的な問題解決能力。コミュニケーション能力。これらの強みを兼ね備えた多様な人々が参画することが、国連をより機能的にしてゆくと思います。
国際協力を専門とするNGOや政府関連の職場で下積みをしたり、JPO等の制度を通して国際機関に入るという基本のトラックに加え、近年、注目される動向としては、国際協力とは関係のないように見える分野(例えば金融セクター、医療セクター、スポーツ事業、学校経営、メディア等々)で、社会を変えて行くために実際に必要な「専門性」となる経験とネットワークを持つ人が、中堅クラスから国際機関に入るというトラックです。多くの業界において、ディスラプションが起こり、発想の枠組みが大幅に変わっていっている現在、民間企業や地方行政機関などで、「国際協力」以外の専門性・実務経験がある人材を増やして行くことも、採用者としての国連からみると非常に価値があります。また、真面目な仕事ぶり、チームとの協調性など、多くの日本人が持つ資質は、国連内で需要が高いとも言えます。
キャリアのあらゆる段階で、組織として出すべき結果に対して、自分は何が提供できるかという発想を持ち、それを明確に伝える技術を持つことが大切だと思います。国連は官僚組織ではありますが、現状の国連を内部から見ていると、アントレプレナー的思考を持った人々の集まるユニットが成果を挙げ、国連を変えていっています。多くの業種において、一つの職種で定年まで働くという雇用体系が過去のものになりつつある今、長い人生の中の一段階として国際機関で勤務するという発想もいいのではないかと思います。国連は、給与体系にも恵まれ、ワークライフバランスなどの制度もしっかり整っているので、職場としても非常に魅力的です 。
数年前、国連と関わる仕事を始めてちょうど20年経った折に外交青書に記載して頂いたコラムにも書きましたが、国連が世界のためにできることの幅を広げていくことが急務だと思います 。志を共にする、異なるバックグラウンドを持った同僚と過ごす日々は刺激に溢れています。ダイバーシティの向上は組織の実力に直結するので、女性や若手の幹部候補、そして日本も含め、より多くのアンダーレプレゼンテッドな国から、多様な発想や経験を持ち込み得る多くの人が国連に興味を持ってくださり、能力を提供してくださることを願っています。